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第三子を自宅で産もうと決めました

私、37歳。夫、37歳。第一子、小学一年生7歳、第二子、保育園年中5歳。そんなタイミングで三人目を授かった。元々学生時代から漠然と「いつか親になるなら子は三人」と三人兄弟へ想いを募らせていた私だが、実際に育児が得意で好きとは到底言えないキャパおちょこな気質で、それでいて自分のことが何より大切な私には二歳差の乳幼児の世話は限界だった。三人子供が欲しいという思いは遠い彼方、幻のようにしばらく消えていた。

それでも、子供たちが自分でできることが増えてきて、なんとなく育児が楽になってきた上に、自分の年齢も三十代後半に差し掛かり、幻がよみがってきた。「私、昔子供三人欲しいと思ってたなぁ」、と。
一昨年あたりから夫にその気持ちをシェアしつつ、あくまで「とはいえ..」が優っていた。

けれど、一昨年の暮れにヘルニアを患い、(三週間入院、その後数ヶ月はほぼ引きこもりの大怪我だった)本当に望む生き方を改めて見つめ直した。「生まれ変わった」といっても過言ではないほど、人生のリセットボタンを押すような出来事だった。まさに、禊。それ以降、ずっと仕事に重心を置いていたけれど、暮らしを追求し出した。丁寧な暮らしをしたい、というより、心身ともに健康でいる土台づくりをするには暮らしを丁寧にするしかなかった。そして、それが楽しかった。
仕事と暮らしを切り離さず溶け合う生き方を模索しだしたし、実際に少しずつできてきている。

そんな過ごし方をしていくうちに家族が増えたら楽しいだろうなぁと、けっこうはっきりくっきり感じ出した。それまで私同様「とはいえ..」と思っていた夫も、確かに上の二人も手が離れてきたし、何よりわたしのご機嫌力が上がってるし、(乳幼児期の私の限界は不機嫌となって現れていた)三人目もありかも!と二人の気持ちが重なりだした。
すると、去年八月に家族四人で行ったインド出張から帰ったら、ありがたいことに私たちのところに三人目が来てくれた。

何もかもが初めてで必死だった一人目。上の子もおり余裕のなかった二人目。そして間を開けて、三人目。ようやく純粋に「親であること」を楽しめ、赤ちゃんが可愛くて仕方ない、を味わえる余白が自分にある気がして、今心の底からとっても楽しみで仕方ない。

自宅での出産を決意

そんな三人目。今回は自宅でその命を迎えることに。
「日常」の中で子どもを迎えたい。
いのち本来の力を、もっと感じてみたい。子どものも、母である私のも。
誕生の瞬間に皆が立ち会うことで、これから始まる五人での暮らしを、「全員で取り組む心構え」にできたら。
この三つが、今回、自宅出産を決めた理由だ。私が自宅出産への想いをまず持ち、話し合いながら夫の気持ちも擦り合わせて最終的に決めた。

二度の出産と、その選択

これまでの二度の出産は、どちらも里帰り。実家近くの個人クリニックでお世話になった。
通っていた高校の近所にあり、そこで産んだ旧友もいた安心感。そして何より、高校生の頃からずっと腰痛持ちだった私は陣痛が腰に及ぼす痛みが想像できず、「無痛分娩の選択肢があること」と「ごはんが美味しいこと」を決め手にそのクリニックを選んだ。
結果的に妊娠後期になっても腰痛は悪化せず、無痛といっても「計画無痛分娩」(入院する日を事前に決め、促進剤で陣痛を誘発する。陣痛がきてから麻酔を使う「自然無痛分娩」もあるが、そのクリニックは当時対応してなかった)しかそのクリニックは対応してなかったこともあり、赤ちゃんが生まれたい時に生まれてほしいという思いから、一人目を自然分娩で産んだ。その時体験した陣痛が自分にとっては想像よりは耐えれる痛みだったので、二人目も同様に自然分娩を選択した。

助産院や自宅出産なんて考えもしなかった

一人目の時は人生で起こる初めての体験なので、一般的な選択肢である病院での出産以外を検討すらしなかった。

そんな中、一人目の妊娠中に母が参考にとくれた、「大丈夫やで」という、お産と育児の指南書で助産院のことを知った。その著者は坂本フジエさんという助産師さんで、出産や育児への向き合い方のアドバイスと共に、助産所でのお産の様子も紹介されており、読後「助産所」という存在が心の片隅に残った。

大丈夫やで 〜ばあちゃん助産師(せんせい)のお産と育児のはなし〜

そして二人目のときも、当時、一時間ちょっと時間をかけ平日毎日オフィスに出勤し、日を跨ぐ前にどうにか帰宅している夫が、育児参加するのは現実的に難しく、当たり前のように里帰りを判断。一人目出産で特に不満も不自由もなかったので、同じクリニックを脳内自動モードで選んだ。
そんなこんなで一人目も二人目も、自宅出産はもちろん、助産院も選択肢には全くなかった。

立ち会いが叶わなかった一人目、叶った二人目

一人目出産のとき、私はインド在住だった。個人的にインドの病院で散々な目にあった経験がったので(インドの医療機関の全てが悪いわけでなく、無事にインドで出産した日本人の友人も何人もいるのだけど)インドでの出産は見送り、日本に一時帰国し、産前産後の8ヶ月間を実家で過ごすことに。
陣痛の知らせを受けた夫は、インドから最速のフライトで帰国。でも、上空にいる間に娘は生まれ、立ち会うことは叶わなかった。

二人目のときは、横浜在住。フライングの前駆陣痛に何度も踊らされ、夜中に横浜から車をすっ飛ばした夫が、結局、富士山の麓あたりで引き返したことも今となってはいい思い出。(翌日も普通に出勤してたから相当寝不足やったと思う、よく頑張った。夫。)それでも最終的にはタイミングが合い、今度は無事に立ち会ってもらえた。実家近くのクリニックだったので、子宮口が全開になったタイミングで夫が私の親に連絡を入れ、上の子を連れてきてもらい、家族三人で新しい命を迎えることができた。

夫が泣いてるところを私は二度しか目にしたことがない。
一度目はキリマンジャロの登頂目前。全く山頂らしきものがいつまでたっても見当たらず、そろそろ体力気力限界の時、このしんどさは永遠か?と、思わず目に涙。
そして二度目が二人目の立ち会いの時だった。結婚式でも一切感傷的にもならなった夫。辛さによる涙しか見たことなかったので、感動でも涙するんやとびっくりした。そのくらい命が生まれるということは、神秘的で劇的で、人生で何回も味わうことができないとっても特別で非日常な出来事なのだと思う。

出産は「非日常」?

クリニックでの入院生活は快適だった。
特に一人目のときは、何もかもわかっていない初産婦だったので、手厚いサポートがとてもありがたかった。
赤ちゃんを預かってくれるし、時間になれば調乳されたミルクと赤ちゃんを部屋に運んでくれる。おっぱいが張ればマッサージもしてくれて、個人病院ならではのサービスで全身オイルマッサージまで!とにかく「休むこと最優先」の五日間だった。

一方で、夫にとっての「出産」とは、「面会」 だった。一日1~2時間だけ病室に来て、赤ちゃんを抱っこし、ミルクをあげ、おむつを替える。訪れては帰って行く、を五日間毎日してくれた。

そう、なんだか、出産自体も出産直後も、入院中は病院にお任せすることも多く、私にとっても、夫にとっては更に、生まれたての我が子との関わりはトリミングされた体験の連続だったなと感じる。
だから今回は、切り取られた場面をつぎはぎしていくより、もっと 「家族みんなで引き受ける」 形にしてみたいと思った。

「日常の入り口」としての出産

もちろん、二度の出産が問題なく進んだからこそ、こう思えるのだと思う。妊娠経過に問題はなく、出産も見本のような安産。出産直後、身体も心も特に大きなトラブルを感じずだった。
だからこそ、今度は「非日常」ではなく、「日常の入り口」としての出産に挑戦してみたい。

実際、産後スムーズに暮らしに接続していくためには、「しっかり休んで回復」がめちゃくちゃ重要なのも二度の経験で体感してるので、入院の価値もものすごく感じる。
できるだけ自然なお産を、と助産院で出産した友人にも意見を聞いたけど、自宅だと全然休めないから後に響かせないためにも助産院がおすすめ!とのリアルな証言に、そうやんなぁ.. と考え込んだ。助産院と自宅出産の違いは、「場所」の違いだけで、立ち会ってくれる助産師さんの数も、設備も何も変わらない。医療介入のない自然なお産だけを目的にするなら助産院で出産・入院で全然よい。
子供も含め家族みんなの立ち会いだってできるし、敢えて母子同室を希望してずっと一緒にいることももちろんできる。おいしい食事が据え膳上げ膳で用意されるだけでもめちゃくちゃ意義がある。(夫は料理が苦手なので、五日間の美味しい食事を手放すのは相当惜しい)

たった五日なんだから、退院後以降どうせずっと家族五人一緒にいるんだし、助産院で入院した方が夫も本当は気楽だと思う。思うというか、そう言われた。

それでも、自宅で、とやはり決めたのは、お産が非日常の出来事ではあるけど、「日常の入り口」であってほしいから。
たった五日、されど五日。「私と赤ちゃん」だけが別の場所にいるのではなく、「夫と上の二人」とも同じ空間で。家族全員が、学校・保育園・仕事など、変わらない日常生活送りながらも、家族が増えるという大きな変化を、日常にできるだけ早く馴染ませて行けたらと思い、出産を「日常」に溶け込ませて体験してみたいと思った。

いのち本来の力を感じてみたい

また、自宅出産で、“いのち本来の力”というものを、ピュアに、ダイレクトに、生の形で体感しできるのではという思いもあった。
一人目・二人目の出産の前に私はマタニティスイミングのスクールに通っていた。そこでは泳いで体力をつける以外に、お産がスムーズに進むように呼吸法の練習をした。それがめちゃくちゃよかった。力を抜くために息をできるだけ長く吐くこと、陣痛と陣痛の合間は痛みがなくその間に呼吸を整えたらよいこと、特にこの二点は二度の出産を支えてくれた。

「呼吸」を通して、赤ちゃんと自分が協力してお産を進める。その経験が身体に刻まれ、今度は、「呼吸」だけでなく、お産の過ごし方すべてを、自分の身体の感覚を頼りに、主体的に決め、動きたい。その選択の自由のために自宅出産をしたい、と思った。

実際、分娩台もなく、いつも寝ている布団で産むことになる。病院で産んだ時は、ケーブル付きのモニターに繋がり、ベッドから立つこともなかったが、今回は陣痛が来てからも家の中で動くこともできるし、横たわるのか跪くのか、楽な体勢を自分で探すこともできる。きっとおなかの中の赤ちゃんと自分の身体が、その瞬間瞬間の最適解を伝えてくれるはず。

もちろんそれを叶えるために大事なのは、妊娠期の過ごし方。
毎日の暮らしをどう整えるか。食事、運動、睡眠を整える日々は、身体の小さな声に気づく感度を高める時間でもある。それは、これまで自分を無理に動かしてきた生き方とは逆のベクトルだったかもしれない。
身体と心をすこしずつ整えていく、その時間の積み重ねこそが、
お産のその瞬間に、いのちの力を引き出すことにつながる——そう直観的に感じていた。

 

もうすぐ迎えるその日に向けて


長々と綴ってきたが、私にとっては、「自分がいちばん安心して、たのしく、産めるのか」の結論が自宅出産だった。

会社でも、チームメンバーが増えるほどマネジメントは難しくなるけれど、家族も同じ。家族というチームの一員として、家族全員がお産を 「自分ごと」 にするために。
みんなの日常の場である家で、全員がリラックスした状態で、その時の自分の身体と心の反応に委ね、命の誕生を迎えたい。

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